曾良荼毘日記

なんでも伝奇研究

ミステリ化するmiHoYoのストーリーテリング:『原神』を中心に

※本記事は、限界研編『genkai vol.5 テン年代のミステリから、二〇二〇年代のミステリへ』掲載の論考「ミステリ化するmiHoYoのストーリーテリング:『原神』を中心に」に加筆・修正を施したものです。


文=曾良ひめる

 

 miHoYo(上海米哈游网络科技股份有限公司/Shanghai miHoYo Network Technology Co., Ltd.)は2012年に設立された中国のゲームデベロッパー兼パブリッシャーである。24年7月現在、基本プレイ無料のタイトルとして『崩壊学園(崩坏学园2/Houkai Gakuen 2)』『崩壊3rd(崩坏3/Honkai Impact 3rd)』『未定事件簿(Tears of Themis)』『原神(Genshin Impact)』『崩壊:スターレイル(崩坏:星穹铁道/Honkai: Star Rail)』『ゼンレスゾーンゼロ(绝区零/Zenless Zone Zero)』の六つを国際展開しており、非上場企業ながら22年には総売上額273.40億元、純利益額161.45億元を計上した*1。23年のパブリッシャー別スマートフォンゲーム売上ランキングでは17億1000万ドルで世界四位の位置につけている*2

 わけても2020年にリリースされたオープンワールド・アクションRPG『原神』の人気は凄まじく、24年1月のMAU(月間アクティブユーザー数)は6700万人超にのぼる*3。23年リリースの箱庭探索型ターン制バトルRPG『崩壊:スターレイル』もまた2100万人超の膨大なMAUを維持している*4。上記二作のプロモーションは日本の各種媒体でも大々的に展開されていて、この頃は見かけない日がない。

 こうしたマーケティング規模に反して、以下の事実はさほど知られていないのではないか。ここ数年、miHoYo産ゲームのストーリーテリングには《逆転裁判シリーズ》や《ダンガンロンパシリーズ》のようなミステリADVの趣向が表れている。事件に関する証言や物証を集めて、手掛かり同士の連関と矛盾を指摘し、そうして得られた仮説に妥当性を与えるべく論証に進む──といった物語構造が反復されているのだ。

 無論、謎解きをはじめとするミステリ由来のガジェットは、現代エンタメの構成要素として種々の表現に散見される。シングルプレイ主体のスマートフォンゲームには継続的なコンテンツ拡充が求められるが、その長期にわたる運営においては、サブコンテンツにミステリADVの趣向が採用されることも珍しくない*5

 しかしmiHoYoのミステリ志向は、一時的なサブコンテンツを彩るにとどまらない。『原神』のメインコンテンツにあたる「魔神任務」および「伝説任務・デートイベント」のうち、22年以降に実装されたシナリオの多くがミステリ・サスペンス・ノワール仕立ての構成を採っている。そのくせ同作の広告戦略においてはフィールド探索の自由度やキャラクターの魅力を謳うものが大多数であり、ディテクティブ・ストーリーを売りにしているようには到底見えない。そもそも『原神』が『The Witcher 3: Wild Hunt』や『Horizon Zero Dawn』のような、ストーリー演出に比重を置いたオープンワールドゲームだということ自体、周知されているとは言いがたい。

 24年上期に実装された『崩壊:スターレイル』最新メインストーリー【ピノコニー編】もまた、セレモニー直前に起きた遺産争奪戦と殺人事件を軸に展開するミステリ色の強い物語だった。舞台となる惑星ピノコニーの主要モチーフには「ジャズ・エイジ」が据えられ、黄金期本格ミステリを含む大戦間英米文学へのオマージュがふんだんに盛り込まれている。「スペースファンタジーRPG」を銘打つ同作はこれまで、劉慈欣『三体』やケン・リュウ『蒲公英王朝記』から設定を借用するなど、ジャンル文芸としてのSFに接近してきたと言えるが、ついにジャンル文芸としてのミステリにも接近しつつあるというわけだ。

 なぜmiHoYoは静かにミステリ路線へと傾いたのか。本稿は『原神』の四年に渡るストーリーテリングを通時的に概観することで、miHoYo作品にミステリのコードが導入された経緯とその意義を検討するものである。仔細なネタばらしは避けるが、クエストシナリオの構造に言及するため留意されたい。

 まずは『原神』の基本性質を押さえよう。miHoYo創業者の一人で元CEOの蔡浩宇(サイ ・ハオユウ)はGame Developers Conference 2021にて、『原神』がオープンワールドの形式を採った目的は「崩壊ユニバース」の創造にあると説明した*6。蔡は「崩壊ユニバース」について、いわゆるメタバースのようなものとも付言している。miHoYo公式ウェブサイトでは「2030年までに10億人規模の仮想世界を創造する」との理念を掲げているほか*7、miHoYo内製のバーチャルアイドル「yoyo鹿鳴_Lumi」が自社3DCG技術の試用と宣伝を兼ねた不定期配信を行っていることからも、メタバース関連事業に懸ける同社の熱意は窺える。

 他方「崩壊ユニバース」の語は「マーベル・シネマティック・ユニバース」のような、クロスオーバー作品群としてのマルチバースに類するニュアンスも含む。miHoYoの《崩壊シリーズ》は総じてアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の多大な影響下にあり、終末思想を基調とする世界観に貫かれてきた。その基本設定は、文明を滅ぼす未知の災害(崩壊)との対峙は多元宇宙に棲まう全知性体にとっての宿命である、というものだ。先ほどの蔡の発言に照らせば、複数作品にまたがるサーガとしての「崩壊ユニバース」を拡張するべく作られたタイトルが『原神』なのであり、したがって『原神』は《崩壊シリーズ》のスピンオフ作品に位置付けられる。

 事実、本作のアクションRPG部分──戦闘システムやダメージ計算式については《崩壊シリーズ》三作目にあたる『崩壊3rd』から多くの要素を引き継いでいる。一方、オープンワールド部分──トゥーンレンダリング基調の美術設計や探索システムについては17年発売『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(BotW)』の影響が大きく、その高い類似性から一部ゲーマーの過激なヘイトを浴びることもあった*8

 簡単に本作のあらすじを示そう。プレイヤーの分身である主人公=旅人は、複数の並行世界を渡り歩いてきた出自不明の双子の片割れである。幻想大陸テイワットで双子の兄(もしくは妹)とはぐれてしまったので、その消息を尋ねてガイド役のパイモンと旅をしている。道中、旅人は大陸を分割統治する七国──モンド、璃月(リーユエ)、稲妻、スメール、フォンテーヌ、ナタ、スネージナヤを巡り、各国の統治機関および執政者=七神と渡り合いながら世界に秘められた真実に迫っていく。ちなみにテイワットのエリアマップはリリース以来一年に一国のペースで追加されていて、25年には全七国の実装が完了する見込みである。

 本作でプレイヤーに課される常設クエストは以下の三つに大別される──メインシナリオに該当する「魔神任務」、プレイアブルキャラクターの背景を掘り下げる「伝説任務・デートイベント」、サブシナリオに該当する「世界任務」。魔神任務以外については、開放条件さえ満たせば好きな順番で攻略することが可能だ。

・一年目(20年9月~21年7月)

 ここからは実装の時系列に沿って、特筆すべきクエストを紹介していこう。ただし魔神任務序章【風を捕まえる異邦人】に関してはチュートリアルの側面が強くボリュームも少ないので、続く第一章から言及をはじめたい。

 魔神任務第一章【久遠の体との別れ】は20年9月から同年末にかけて実装された。舞台となる璃月は現実の中国をモデルとする重商港市国家で、初期実装エリアは主に華南・西南地方の景勝地を模している。この国一番の貿易港・璃月港では年に一度迎仙の儀式が執り行われ、そこで下された岩神モラクスの神託をもとに国家の経営方針が定まるという。しかし旅人とパイモンが居合わせた儀式に現れたのは項垂れる黒龍──見るも無惨な岩神の死体であった。特殊設定ミステリの幕開けとも思われたが、本章の主眼が据えられているのは謎の論理的解明ではない。政治劇である。

 国家間の権謀術数に巻き込まれた旅人は、異世界人という特殊な出自ゆえに、あらゆる陣営と利害関係を持たない第三者として遇される。したがってあらゆる陣営と友好関係を保ち、時に目撃者、時に証言者、時に自覚なき内通者として、璃月を揺るがす動乱の顛末を見届けていくのだ。当初無関係に思えた個々の情報や各陣営の思惑が最終盤面の構成要素として結集していく展開は、推理小説というよりも捜査小説の読み味に近い。こうした趣向は以降の魔神任務においても基本路線として採用されている。『原神』とは何よりも第一にポリティカルフィクションなのだ。

 最初期に実装された伝説任務についても記そう。伝説任務の商業的ミッションは、課金型ゲームの主要商品であるキャラクターの価値と魅力を訴求することだ。したがって旅人とパイモンは助手ないし語り手の位置に退き、主役の座を他のキャラクターに譲って顔を立てなければならない。本作がアクションRPGである以上、伝説任務にはキャラクター性能のティザー広告として戦闘パートを挿入する必要もある。ここで持ち出されるのが、ジャンルフィクションの手法だ。一本のジャンル映画に比肩する尺と構成でもって、キャラクターの大立ち回りが演出される。その適例としてタルタリヤの伝説任務【独眼坊とかくれんぼ】を挙げよう。剣呑な雰囲気をまとう若きスネージナヤ執行官、その裏の顔が映画『ジングル・オール・ザ・ウェイ』のようなスラップスティック・コメディのタッチで描かれている。鍾離(しょうり)の伝説任務第一幕【塩の花】はジョセフィン・テイ『時の娘』風の歴史ミステリ、胡桃(フータオ)の伝説任務【如何にして蝶は去り】は璃月人の死生観を描くヒューマンドラマ、といったところか。

 ときに、本作はオンラインゲームであるがゆえに、常時オートセーブが実行される。プレイデータの複製も不可能であるため、プレイヤーが享受する体験は原則一回きりのものだ。しかし21年3月初実装のコンテンツ「デートイベント」には、旅人の選択肢や行動の成否によって分岐するマルチエンディングが用意されていた。セーブ&ロードに近しい機能も搭載され、プレイヤーは同じイベントをくり返し体験することができる。これ以外の周回可能コンテンツには「旅人が過去のできごとを追想している」とか「侵入する度にダンジョンの内部が変化している」といった設定上の説明が施されており、体験の一回性と一貫性は辛うじて保たれていると言えるが、デートイベントを何度もやり直せる理由についての説明は、今のところまったく存在しない。

 上記の例は『原神』におけるADVパートとアクションパートの質的乖離を示している。性質の異なる二種の体験が、ちぐはぐな状態で同居しているのだ。淡々とテキストを読み進める静的な体験と、複雑な操作でもって仮想世界を駆け回りエネミーを倒す動的な体験は、本来相容れない。これはアクションRPGがストーリー体験を供する際に生じる普遍的問題でもある。先行作『BotW』はADVパートやテキスト量を削ぎ落とすことで問題そのものを回避していたが、物語体験に軸足を置く『原神』ではそうもいかない。ここにおいて採られる暫定的解決策のひとつが、環境ストーリーテリング*9の徹底である。出来事を直接語るのではなく、有形無形の痕跡でもって間接的に示すのだ。作中事例をひとつ挙げよう。

 21年2月実装の魔神任務第一章第四幕【俺(私)たちはいずれ再開する】にはちょっとしたサプライズが仕込まれていた。ありふれた敵モンスター・ヒルチャールの正体が、呪いを受けた人間のなれの果てだと示されたのである。すなわち、プレイヤーはチュートリアルをこなす過程で、無意識の殺人行為にもれなく加担していたということになる。こうして帰結だけを書くと底意地の悪い仕掛けに思えるが、あながち突飛な展開とも言いがたい。ヒルチャールの正体を暗示する手掛かりは、オープンワールドのそこかしこで平然かつ周到に提示されてきたからだ。現代テイワット人の大半がヒルチャールを知性に乏しい魔物と見なす中、一部の研究者は彼らが高度な文明を有する可能性を指摘してきたという。現にヒルチャールの集落を観察してみれば、原始的な狩猟採集生活、階級制度と共同体意識、独自の言語体系、呪術信仰など、彼らが人間だった頃の名残りを十分に嗅ぎ取ることができる。各プレイヤーが真実に気づくタイミングとその確度は、やり込み具合やプレイスタイルによって千差万別となるだろう。このように『原神』はアクションパートの演出をADVパートのサブテクストに位置付け、前者が後者に奉仕する片務的な関係を構築することで両者をひとつのタイトルに同居させてきた。

 同クエストからは初期『原神』に顕著なもうひとつの特徴を抽出できる。それは『moon』や『Undertale』にも見られるような、RPGプレイヤーの潜在的残忍性(ミルグラム効果)を指弾するメタフィクションの趣向である。当然ながら、この趣向を下支えしているのはRPGの根本性質に他ならない。プレイヤーと旅人が同値ないし相同の関係にあるという信念が保持されていてはじめて、前述のサプライズとその批評性は成立するのだ。初期『原神』が主体の同一性や視点の連続性といったRPGの前提を堅持する傾向にあったことは殊更に強調しておきたい。以降、この傾向は徐々に薄れていく。

・二年目(21年7月~22年8月)

 魔神任務第二章【千手百眼の浮世】は21年下期に実装された。舞台となる稲妻は中近世日本をモデルとした封建制の列島国家である。稲妻幕府は鎖国状態にあり、隼人の反乱を彷彿とさせる抵抗軍との内戦に明け暮れているほか、南方にはアイヌをモチーフとする民族の故地も存在する。すなわち稲妻とは、多民族国家としての日本だ。璃月=中国を舞台にして描くことができなかった民族アイデンティティの揺曳が、架空の日本に投射される形で描かれているのだ。稲妻の物語において旅人とパイモンは、悪政を敷く雷神バアルの真意を問う。

 さて前述の通り、翌22年から本作にはミステリ・サスペンス・ノワール仕立てのクエストが多数実装されていく。そもそもmiHoYoは『未定事件簿』の開発に際して《逆転裁判シリーズ》風のミステリADV制作ノウハウを培っており、これを本格的に『原神』へと転用しはじめたのが22年以降であった。

 稲妻幕府社奉行当主・神里綾人の伝説任務【散りゆく青桐の葉】は、幕府重役の跡取りどうしの恋愛結婚をめぐる陰謀劇だ。綾人は先読みと権謀術数に長けた人物で、同様に切れ者である事件の黒幕と水面下のコンゲームを展開する。何の変哲もない状況から陰謀の痕跡を嗅ぎとるパラノイアックな推理が魅力だ。

 期間限定イベント【華やぐ紫苑の庭】は、同人誌即売会風の催事にて描かれた人物画の謎を追う四幕構成のフーダニットである。些細な謎の連鎖が、歴史的遠近法の彼方に忘却された没落刀工の真実を照らし出す。同時にして多数のキャラクターを扱いながら、次章の魔神任務に繋がる布石まで打ちおおせている。

 璃月の諜報員・夜蘭(イェラン)の伝説任務【先の布石】もまた権力者の後継者争いをめぐる陰謀劇だが、登場する先読み戦略と推理の階層性はこれまでのどのクエストよりも遥かに込み入っていて、一切の留保なき知能戦を楽しむことができる。鎌の掛け合いと裏切り合いに満ちた『原神』式スパイフィクションの集大成だ。

 私立探偵・鹿野院平蔵のデートイベントの一部はやはりディテクティブ・ストーリーになっている。旅人は過去の捜査資料を精査した結果、依頼者にとって望ましくない真相に辿りついてしまう。これを依頼者にそのまま伝えるか嘘の報告を行うかによって物語の結末は分岐する。知ることの責任と無力を突きつけるハードボイルド風の展開は、本作の他クエストにもしばしば見られるもので、後期クイーン的第二の問題と名指されるような倫理的課題の萌芽と言える。

 上に並べた四つのクエストに共通の特徴としては、NPCの存在感が大きいことが挙げられる。プレイアブルキャラクターを探偵役に据えて魅力訴求を図るつもりが、事件の難解さや複雑さに注力するあまり優先度が転倒し、敵役や関係者役に据えられたモブキャラクターの方が魅力的になってしまっているのだ。こうなると旅人は探偵役に追随する助手どころか、使いっ走りの位置にまで退いてしまう。

 また、同時期以降の各クエストを構成するカメラワークはいっそう映画的なものへと進化している。固定撮影と簡単なパンニングのみだったショット構成に、ティルト、トラック、カメラドリー、シャロー・フォーカスなどの多彩な表現が盛り込まれていった。キャラクターの過去や内心に迫るクエストにおいて、その精神世界はパビリオン状のダンジョンとして表現されるが、カメラはこれを撮影セットに見立ててアクロバティックな視界を提供する。さながらテーマパークの屋内アトラクションを順路通りに回遊するかのような体験だ。もとより環境ストーリーテリングとは、ウォルト・ディズニー・イマジニアリングのデザイナーだったドン・カーソンが、ディズニーのアトラクション設計テクニックをデジタルゲーム開発にも転用できないかと提唱して用いた語である。環境ストーリーテリングを徹底する本作が「イッツ・ア・スモールワールド」めいた演出に辿りついたのは、ある意味で当然の帰結と言える。

・三年目(22年8月~23年8月)

 魔神任務第三章【虚空劫灰のプラーナ】は22年下期に実装された。舞台となるスメールは南アジアから中東にかけての文化が混在する学術都市国家だ。国土が雨林地帯と砂漠地帯に二分されるがゆえに、深刻な地域格差問題を抱えている。旅人とパイモンは草神ブエルや仲間の助力を得つつ、テイワット最大の学術機関にしてスメールの行政機関・教令院に巣食う腐敗を暴いてゆく。

 第三章第二幕【黎明を告げる千の薔薇】はなんと、ループものADVの体裁を採っている。任務中のプレイヤーは特定のエリアから出ることができず、途中離脱した場合は最初からやり直さなければならない。あえてオープンワールドの自由度を減じ不便を強いてでもループ構造を実現しようという開発陣の執念が窺える。

 当該クエストには特筆すべき美点がある。閉ざされた時空間からの脱出が目的である本クエストにおいて、突破口となる手掛かりは恐るべき周到さと丹念さでもってフェアに示されているのだ。ハイエンドPCからスマートフォンにまで対応する本作は、ストーリー体験平準化の観点から、ゲームハードの性能に左右される演出を重用しない傾向にある。したがって、重箱の隅をつつかせるような視覚的手掛かりを採ることはできない。魔神任務中に示される手掛かりはすべて明け透けでなければならず、されどすぐ露見する仕掛けに価値などない。かくして本作は、手品めいた注意誘導(ミスディレクション)の手法を実践するに至った。用心深さを欠くプレイヤーは、正当な手続きを経たうえで詐術に掛かってしまうのだ。このクエストに備わる公正性への意識は、本格ミステリの佳編と称される作品と比してもまったく遜色がない。

 特殊UI「熟考イベント」が導入されているのも本クエストの特徴である。これは旅人の思考がマインドマップ状に示されることで、複数のキーワードを元に連想と推理が展開される過程を視覚的に体験できるというものだ。ADV『十三機兵防衛圏』の「クラウドシンク」にも似た同UIは、ニィロウの伝説任務【智者へ】でも活用されている。

 世界任務シリーズ【森林書】は、スメールの雨林地帯を巡る大長編クエストであった。長い冒険の果て、プレイヤーはいわゆる「操りの構図」を目の当たりにするだろう。個々のクエストが取りこぼした些細な違和感が最終盤にて解消されると共に、ノンリニアな謎がリニアに結合し、裏で糸引く黒幕の影がやおら浮上する。山田風太郎や連城三紀彦の作品に代表されるような連作短編ミステリの構造をここに見出すことができる。

 第三章第五幕【虚空の鼓動、熾盛の劫火】には、これまでに見られなかった奇抜な演出がふたつ導入されている。ひとつは、旅人にとって知る由もない情報がプレイヤーだけに提供されたことだ。以前の魔神任務にも幕間劇として別人物視点のパートが挿入されることはあったが、それは事後伝聞の形で主人公が知りうる(情景を想像しうる)体験として、あるいは他者の体験が主人公の意識に直接流れこんでくる思考吸入の体験として描かれてきた。プレイヤーと主人公が体験を共有しているという大前提はあくまで保たれてきたのであって、なればこそキャラクターの精神世界はパビリオン内をひとつのカメラ=一貫する語りの視点から巡覧する映像として表現されてきたのだ。ところが当該クエストの最終盤で旅人は意識を失い、物語は完全なる第三者視点のパートに移行する。そこで交わされたやり取りは魔神任務どころか本作の根幹にすら関わる重要な会話であったが、事後その内容が旅人に伝えられることはない。すなわちそれは旅人ではなくプレイヤーに宛てられた情報であり、旅人とプレイヤーが持つ情報量の不均衡、ひいては旅人とプレイヤーの非同一性を示すものだ。もっとも、当該場面の肝心な部分については露骨に語り落とされているため、プレイヤーもまた疎外の対象ではあるのだが。

 もうひとつの演出とは、この「語り落とし」だ。第三章第五幕において旅人陣営はスメール教令院に対して一大ペテンを仕掛けるのだが、その作戦立案の場面がプレイヤーに開陳されることはない。あえて語られないのである。物語の時系列は作戦実行の期日へと跳躍し、旅人を含む仲間全員が示し合わせたうえで各々の役割を遂行していくので、プレイヤーは何も知らない鑑賞者の立場から群像劇を眺めることになる。プレイヤーにおけるサプライズの体験が優先された結果、これまで保持されてきたはずのインタラクティブ性と語りの一貫性が打ち捨てられたのだ。プレイヤーは自分と旅人が別の主体であることを否が応でも思い出す。体験の没入感を捨ててまで感情導線操作に専念する、まさに肉を切らせて骨を断つような戦略だ。同様の趣向は翌23年実装の魔神任務第四章第五幕でも反復されている。

 かくして、プレイヤー=主人公=旅人という図式の絶対性は解体された。本作が採る語りのスタイルは古典的なRPGのくびきから解き放たれ、いっそうミステリライクでトリッキーな方へと突き進んでゆく。たとえば第三章第六幕【カリベルト】に仕掛けられた趣向は、デジタルゲームにおける叙述トリックの活用例と呼んで差し支えない。真相を見破るのは容易だが、それでもなお暴露の瞬間は衝撃的だ。プレイヤーと旅人の照応関係が問いに付された以上、それらを媒介する表象機能=カメラもまた信頼しがたいものとして扱われなければならない。

・四年目(23年8月~)

 魔神任務第四章【罪人の円舞曲】は23年下期に実装された。舞台となるフォンテーヌは近代の西欧諸国をモデルとする司法国家にして科学技術大国だ。洪水神話めいた終末論が唱えられて久しく、真に受ける者はごくわずかである。この国で旅人とパイモンは刑事裁判の弁護人を務めることになるのだが、その結審は思いがけず水神フォカロルスの秘密が綻ぶ糸口となり、やがてフォンテーヌの民にひとつの審判が下される。

 四年目に及んで本作は、ミステリADVの体裁を本格採用するに至った。フォンテーヌの公判はすべて歌劇場で執り行われ、娯楽として民衆に供されている。法廷ミステリゲームの王道設定、真理の生成が合意的妥当性に基づくポスト・トゥルース的状況が、ファンタジーRPGの世界にそのまま埋め込まれているのだ。

 当該クエスト中に得た捜査情報は逐一ノートにまとめられ、いつでも確認することができる。裁判パートには前述の「熟考イベント」に加えて、五コマ漫画で示される誤った事件像を論駁して正しい事件像を描き直すという、《ダンガンロンパシリーズ》の「クライマックス推理」を彷彿とさせる演出も採られた。こうしたUI上のギミックはインタラクティブ性の訴求というよりもむしろ、ストーリーフローの易解化を第一に企図して配置されているように見える。推論に失敗してもこれといったペナルティはないからだ。

 本章に宿るフェア意識は、「プレイヤーが真相を推理できること」よりもむしろ「プレイヤーが真相を構成する推論に妥当性を感じられること」の方に心血を注いでいる。超常現象が散見されるテイワット大陸において物証ベースの推理劇をフェアに展開するとなれば、おのずと特殊設定ミステリの作法に頼らざるを得ない。すなわち、物語において一度でも帰納法的に真とされた原理は、以降も同条件下において真として扱われる。ただしプレイヤーと作中人物は公理系を共有していないので、最終的な論証に必要な補助定理はあらかじめプレイヤーに提示されなければならない。これがいかにしてクリアされるのか、本章の眼目はそこにある。

 第四章第一幕【白露と黒潮の序詩】は瞬間移動マジックショーの最中、衆人環視状況で露見した殺人事件を解明する話だ。続く第二幕【ゆえなく煙る霧雨のように】ではフォンテーヌを震撼させる「連続少女失踪事件」の真犯人が指摘された。第三幕【深海に煌めく星たちへ】および第四幕【胎動を諭す終焉の刻】では水中監獄・メロピデ要塞を支配する暗黙のルールが紐解かれ、第五幕【罪人の円舞曲】に入るといよいよフォンテーヌの抱える歴史的・国家的問題が取り沙汰されることになる。

 こうして並べてみると、本章の扱う謎が私的領域に関わるものから公的領域に関わるものへとスライドしていく様子が見て取れよう。個人の犯罪を裁くロジックの延長線上で国家の犯罪が裁かれているのだ。これは、大衆の抱くゴシップや逸脱心理への興味が陰謀論的想像力へと容易に転化しうることの寓意に他ならない。

 さて、本稿はここまで『原神』のADVパートにミステリ的側面を見出し列挙してきた。しかし筆者は、同作が《逆転裁判シリーズ》や《ダンガンロンパシリーズ》のような先行作品に匹敵するほどミステリとして洗練されているとは思わない。せいぜい発展途上という評価が妥当であろう。

 ただ同作は先行シリーズの総販売本数*10を軽く上回るアクティブユーザー数を抱えている。その全員が例外なくメインストーリーに触れているわけではないとしても、捉えようによっては本作を史上最も多くの人に遊ばれたミステリ・デジタルゲームと見なすことができる。こんにちのミステリシーンを思考するうえで、本作の展開と受容を分析する作業は避けがたい。

 ゆえに本稿冒頭の問いはいずれ充足されなければならない──なぜmiHoYoは静かにミステリ路線へと傾いたのか。背景に華文ミステリの興隆や属人的な理由*11を想定することもできるだろうが、本稿はここまで提示してきた諸事例を踏まえ、ひとつの必然的理由を仮説として提出したい。すなわち、環境ストーリーテリングのもたらす体験を平準化する過程ですべからくミステリの手法が要請されたのではないか、ということだ。

 ここ10年ほどで日本産コンシューマータイトルの長寿シリーズや老舗メーカーが続々とオープンワールド・アクションRPG開発に参入し、弩級のボリュームを誇るタイトルが発表されてきた。「オープンワールド疲れ*12」が嘆かれて久しいにもかかわらず、プレイヤーの時間リソースはますます熾烈な争奪戦に見舞われ、その結果、量よりも質を重視する風潮が形成される。

 こうした状況下で各メーカーがストーリー体験の開発に注力するのは当然の生存戦略だ。たとえば23年発売の『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム(TotK)』は、17年発売の前作『BotW』に存在しなかった趣向として、クラフトゲームの要素と長大なADVパートを備えていた。6年間で変わった潮目を測るかのごとく、エンドコンテンツの拡充とストーリーの重厚化が図られていたのである。

 『原神』に関して言えば、すでに類似の他社製タイトルが存在する。『幻塔(Tower of Fantasy)』や『鳴潮(Wuthering Waves)』は戦闘体験やグラフィック面においてインスパイア元の『原神』と遜色ないどころか、軽く凌駕している部分もある。これら後発タイトルに『原神』が勝りうるレガシーがあるとすればそれは、先発タイトルとして蓄積してきたコンテクストの重み、数年に渡って書き連ねてきた環境ストーリーテリングの重みに他ならない。

 前述の通りmiHoYo作品の世界観は全般的に終末思想を基調とするが、特に『原神』はグノーシス神話由来のモチーフを積極的に採用している。開発者はその理由として、「人と世界の関係」を思考するグノーシスの思想と「人とゲーム世界の触れ合い」を表現するオープンワールド形式との間に共鳴が認められることを挙げた*13。『原神』のオープンワールドとは内側から超越論的に思考されるべき環世界なのであり、テイワット大陸は読解を待ち望むテクストの総体として設計されている。

 環境ストーリーテリングは世界の側から読解を呼び掛ける召命のようなものとして体験され、プレイヤーに特権的な発見の快楽をもたらしうる。神秘的合一に等しい興奮を引き起こすことさえあるだろう。しかし大抵の場合その体験は共約不可能なものとなる。たとえば『Bloodborne』をはじめとするフロム・ソフトウェア作品は、イースターエッグのように情報を散りばめることで壮大なバックストーリーを提供している。しかし個々のメッセージは難解かつ順不同かつ断片的で、それらを綜合して得られる解釈も一通りではなく、したがってプレイヤーが享受する体験もまた一様ではない。世界観考察に執心するパラノイアックなプレイヤーが「フロム脳」と揶揄されることからも、プレイヤーによる温度感の差が窺える。

 そして貪欲にもmiHoYoは、本来であればヘビープレイヤーのみが享受できる環世界統握の快楽を、もれなくすべてのプレイヤーに体験してもらおうと企図した。ここにおいてミステリの作法が動員されている。ミステリにおけるフェア意識とはその実、ホスピタリティのことだ。よくできたミステリは受け入れがたい真実をするりと呑ませるために、伏線を張り、布石を置き、導線を引いて、懇切丁寧に客人をもてなす。誰もが振り落とされず納得づくで結末を呑みこめるような議論運びを心掛ける態度こそ、本格ミステリが本格たる所以のひとつである。魔神任務第三章第二幕で用いられたような体験平準化の方法が、今度は世界そのものを感取する体験の平準化に転用されているのではないだろうか。

 24年8月、『原神』は戦争の国・ナタの実装を控えている。リリース当初のPV*14で公開された予定通りであれば、魔神任務の歩みは折り返し地点を迎えたに過ぎない。miHoYoのストーリーテリングは今後プレイヤー全員をいかなる場所へと導くのか。注視が必要だ。

 

*1: 凝心聚力开新局 奋勇争先创佳绩──第十五届“全国文化企业30强”简介 - 《光明日报》23年6月8日10版 https://news.gmw.cn/2023-06/08/content_36616884.htm

*2: The top grossing mobile game publishers of 2023 - mobilegamer.biz 24年1月5日 https://mobilegamer.biz/the-top-grossing-mobile-game-publishers-of-2023/

*3: https://activeplayer.io/genshin-impact/

*4: https://activeplayer.io/honkai-star-rail/

*5: たとえば『Fate/Grand Order』は18年、ミステリ作家・円居挽をゲストライターに迎えて期間限定イベント「虚月館殺人事件」を実装した。以降も似たような趣旨の謎解きイベントが都合三度行われている。『アイドルマスター シャイニーカラーズ』が22年に実装したエイプリルフール限定イベント「DETECTIVE×MURDER」では、プレイヤーは消去法推理を用いて25人の容疑者から1人の殺人犯を厳密に指摘することができた。

*6: 'Genshin Impact': Crafting an Anime-Style Open World - YouTube https://youtu.be/-JFyAdI_rO8?t=1m20s

*7: https://www.mihoyo.com/en/?page=about

*8: 中華娯楽週報 第67回:大型ゲーム展示会China Joyで男がPS4を破壊!中国産ゲーム『原神』の“パクリ騒動”を徹底解説 - IGN Japan 19年8月13日  https://jp.ign.com/china-weekly/37685/feature/67china-joyps4

*9: Don Carson, "Environmental Storytelling: Creating Immersive 3D Worlds Using Lessons Learned from the Theme Park Industry", 2000, Gamasutra.

https://www.gamedeveloper.com/design/environmental-storytelling-creating-immersive-3d-worlds-using-lessons-learned-from-the-theme-park-industry

Henry Jenkins, "Game Design as Narrative Architecture", in First person: new media as story, performance, and game, 2004, MIT Press. https://web.mit.edu/~21fms/People/henry3/games&narrative.html

*10: 《逆転裁判シリーズ》33タイトルの総販売本数は1100万(23年12月末時点)、《ダンガンロンパシリーズ》4タイトルの全世界累計出荷数は500万(21年9月末時点)。いずれも開発元プレスリリースに典拠。

https://www.capcom.co.jp/ir/business/salesdata.html

https://www.spike-chunsoft.co.jp/news/product/13989/

*11: 北京出身のミステリ作家・陸秋槎の短編SF小説「開かれた世界(オープンワールド)から有限宇宙へ」は、2021年末にmiHoYo社の内定を得た友人へのお祝いとして書かれたものだという。(陸秋槎『ガーンズバック変換』早川書房、2023 p. 294)

*12: 【海外ゲーマーの声】ユーザーが感じる「オープンワールド疲れ」とは - Game*Spark 15年10月15日 https://www.gamespark.jp/article/2015/10/15/60962.html

*13: 『PASH! 2021年5月号』主婦と生活社、2021 p. 106

*14: 【原神】公式PV『テイワット』メインストーリーチャプターPV-「足跡」(フルボイスver.) - YouTube https://youtu.be/jtpX8a8G3q0