※本記事は、限界研編『genkai vol.5 テン年代のミステリから、二〇二〇年代のミステリへ』掲載の論考「ミステリ化するmiHoYoのストーリーテリング:『原神』を中心に」に加筆・修正を施したものです。
文=曾良ひめる
miHoYo(上海米哈游网络科技股份有限公司/Shanghai miHoYo Network Technology Co., Ltd.)は2012年に設立された中国のゲームデベロッパー兼パブリッシャーである。24年7月現在、基本プレイ無料のタイトルとして『崩壊学園(崩坏学园2/Houkai Gakuen 2)』『崩壊3rd(崩坏3/Honkai Impact 3rd)』『未定事件簿(Tears of Themis)』『原神(Genshin Impact)』『崩壊:スターレイル(崩坏:星穹铁道/Honkai: Star Rail)』『ゼンレスゾーンゼロ(绝区零/Zenless Zone Zero)』の六つを国際展開しており、非上場企業ながら22年には総売上額273.40億元、純利益額161.45億元を計上した*1。23年のパブリッシャー別スマートフォンゲーム売上ランキングでは17億1000万ドルで世界四位の位置につけている*2。
わけても2020年にリリースされたオープンワールド・アクションRPG『原神』の人気は凄まじく、24年1月のMAU(月間アクティブユーザー数)は6700万人超にのぼる*3。23年リリースの箱庭探索型ターン制バトルRPG『崩壊:スターレイル』もまた2100万人超の膨大なMAUを維持している*4。上記二作のプロモーションは日本の各種媒体でも大々的に展開されていて、この頃は見かけない日がない。
こうしたマーケティング規模に反して、以下の事実はさほど知られていないのではないか。ここ数年、miHoYo産ゲームのストーリーテリングには《逆転裁判シリーズ》や《ダンガンロンパシリーズ》のようなミステリADVの趣向が表れている。事件に関する証言や物証を集めて、手掛かり同士の連関と矛盾を指摘し、そうして得られた仮説に妥当性を与えるべく論証に進む──といった物語構造が反復されているのだ。
無論、謎解きをはじめとするミステリ由来のガジェットは、現代エンタメの構成要素として種々の表現に散見される。シングルプレイ主体のスマートフォンゲームには継続的なコンテンツ拡充が求められるが、その長期にわたる運営においては、サブコンテンツにミステリADVの趣向が採用されることも珍しくない*5。
しかしmiHoYoのミステリ志向は、一時的なサブコンテンツを彩るにとどまらない。『原神』のメインコンテンツにあたる「魔神任務」および「伝説任務・デートイベント」のうち、22年以降に実装されたシナリオの多くがミステリ・サスペンス・ノワール仕立ての構成を採っている。そのくせ同作の広告戦略においてはフィールド探索の自由度やキャラクターの魅力を謳うものが大多数であり、ディテクティブ・ストーリーを売りにしているようには到底見えない。そもそも『原神』が『The Witcher 3: Wild Hunt』や『Horizon Zero Dawn』のような、ストーリー演出に比重を置いたオープンワールドゲームだということ自体、周知されているとは言いがたい。
24年上期に実装された『崩壊:スターレイル』最新メインストーリー【ピノコニー編】もまた、セレモニー直前に起きた遺産争奪戦と殺人事件を軸に展開するミステリ色の強い物語だった。舞台となる惑星ピノコニーの主要モチーフには「ジャズ・エイジ」が据えられ、黄金期本格ミステリを含む大戦間英米文学へのオマージュがふんだんに盛り込まれている。「スペースファンタジーRPG」を銘打つ同作はこれまで、劉慈欣『三体』やケン・リュウ『蒲公英王朝記』から設定を借用するなど、ジャンル文芸としてのSFに接近してきたと言えるが、ついにジャンル文芸としてのミステリにも接近しつつあるというわけだ。
なぜmiHoYoは静かにミステリ路線へと傾いたのか。本稿は『原神』の四年に渡るストーリーテリングを通時的に概観することで、miHoYo作品にミステリのコードが導入された経緯とその意義を検討するものである。仔細なネタばらしは避けるが、クエストシナリオの構造に言及するため留意されたい。
*1: 凝心聚力开新局 奋勇争先创佳绩──第十五届“全国文化企业30强”简介 - 《光明日报》23年6月8日10版 https://news.gmw.cn/2023-06/08/content_36616884.htm
*2: The top grossing mobile game publishers of 2023 - mobilegamer.biz 24年1月5日 https://mobilegamer.biz/the-top-grossing-mobile-game-publishers-of-2023/
*3: https://activeplayer.io/genshin-impact/
*4: https://activeplayer.io/honkai-star-rail/
*5: たとえば『Fate/Grand Order』は18年、ミステリ作家・円居挽をゲストライターに迎えて期間限定イベント「虚月館殺人事件」を実装した。以降も似たような趣旨の謎解きイベントが都合三度行われている。『アイドルマスター シャイニーカラーズ』が22年に実装したエイプリルフール限定イベント「DETECTIVE×MURDER」では、プレイヤーは消去法推理を用いて25人の容疑者から1人の殺人犯を厳密に指摘することができた。